私が初めて花画鋲に出会ったのは、中三の秋、京都であった。 日本史を勉強した方ならご存じかと思うが、秀吉が「国家安康君臣豊楽」という文字を刻み、家康の怒りをかったというかの有名な鐘がある方広寺という寺に向かっていたところ、 カラスが猫の死骸を突っついている光景に気を取られ、曲がるべき道を曲がり損ねてしまった。 次の道で曲がったのだが、方広寺はみつからず、普通の民家が連なっているだけだった。そこで出会ったのが花画鋲である。
画鋲投げの歴史に花画鋲の及ぼした効果は大きかった。傘が非常に大きいので持ちやすく、周りに広がる花びらのおかげで進行方向も安定するのだ。 これは後に羽根画鋲を生むきっかけにもなり、また、様々な画鋲を収集するきっかけにもなった。
最近では100円ショップが増えたので、少し探せば花画鋲を手に入れることも難しくないが、当時は100円ショップなんてものはなく、画鋲を探すのにも苦労した。 時代の移り変わりというのは速いものだ。